自分で決める主体的な生き方

若い時にお世話になった躰道の先生に、会合等の出欠の返事を「行けません」ではなく、「行きません」と必ず答える人がいました。

日本語のイメージ的には、

「行けません」

「出席できません」

「参加できません」

の方が謙譲語的で、丁寧なイメージがあるように思ってました。

その先生曰く、

「俺は自分の意思で行かないんだから、『行けません』ではなく、『行きません』と答えるんだ」

当時、まだ20代だった私は

「別にどっちでもいいじゃん!屁理屈述べるオッさんだな。。。」

くらいに考えていました。

今考えると、とても失礼ですが。。。

(スミマセン m(- _ -)m )

50歳が近づくと、

『行けません』と『行きません』の違いが理解できるようになって来ました。

人間に与えられた時間は1日24時間

みんな同じ公平です

人生80年、長生きしてもせいぜい120年

与えられた24時間、80年を

自分の意思でやりたい事、やるべき事を取捨選択する

誰かに与えられた生き方をするのではなく、

自分で選んだ生き方をする

受動的ではなく、主体的に生きる

自分は『行きません』と答えられているか? 常に問い続けていきたいと思います。


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